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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)5849号 判決

原告 イースタンリース株式会社

右代表者代表取締役 斎藤誠一

右訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫

同 武藤進

同 額田洋一

被告 株式会社ハイネット

右代表者代表取締役 今泉弘人

右訴訟代理人弁護士 高橋むつき

主文

一、被告は、原告に対し、金一七二〇万四四〇〇円及びこれに対する昭和六二年五月五日から支払ずみまで一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和六一年七月一日、被告との間で次のとおりの約定によるリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。

(一)  リース物件

オフィス・コンピュータNEC一〇〇/五八一式(以下「本件コンピュータ」という。)

(二)  リース期間 検収日から六〇か月

(三)  リース料 月額金二九万一六〇〇円

(四)  支払方法

第一月分を検収時に、第二月分以降を昭和六一年一一月から毎月五日限り被告の銀行預金口座から銀行振替による自動引落しの方法で支払う。

(五)  遅延損害金 年一四・六パーセント

(六)  物件の引渡

被告は、本件コンピュータの納入を受けた後、検査のうえ検査完了次第直ちに物件の借受証を原告に交付するものとし、これをもって本件コンピュータの引渡とする。

(七)  期限の利益喪失特約

被告が本件リース契約の条項の一にでも違反したときは、原告の通知により期限の利益を失い、リース料残額を直ちに支払う。

(八)  契約の解除

被告が本件リース契約の条項の一にでも違反したときは、原告は催告を要せず本件リース契約を解除することができ、被告は原告に対し残存リース料相当の損害賠償金を支払う。

2. 原告は、昭和六一年七月一日、被告に対し、本件コンピュータを引渡した。

3. 仮に、右引渡が未了であるとしても、

(一)  被告は、右同日、原告に対し、訴外日本インテリジェント・ターミナル株式会社(以下「訴外会社」という。)を通じて、本件コンピュータの引渡を受けた旨の借受証(以下「本件借受証」という。)を提出した。

(二)  本件リース契約は、いわゆるファイナンスリースであるところ、ファイナンスリースにおいては、リース会社(原告)は、ユーザー(被告)の指示に従いユーザーのためにリース物件を購入し(サプライヤーに物件代金を支払い)、ユーザーに対してユーザーによるリース物件の使用収益を容認する義務を負うにすぎず、ユーザーに対してリース物件を引き渡す積極的義務を負うものではない。少なくとも、被告が物件の受領を自認して借受証を交付した以上、原告は物件の引渡についてはそれ以上何らの義務を負うものではない。

(三)  仮に、原告が被告に対して本件コンピュータを引き渡す義務を負っていたとしても、被告が原告に対して借受証を交付したことで、物件の引渡義務の履行は完了している。

すなわち、リース契約において、借受証は、物件の納入を証し、ユーザーからリース会社に対しサプライヤーへの物件代金の支払を指示するという重要な役割を担うものである。ユーザーとしても、物件の引渡がないかぎり借受証を交付しなければよいのであって、リース業者がこれをもって物件の引渡があったものと信頼することには合理性がある。したがって、借受証の交付をもって、物件の引渡があったものとみなされるべきである。本件において被告は、借受証に記名捺印のうえ訴外会社を通じて原告に交付しているのであるから、原告の引渡義務の履行は完了している。

(四)  少なくとも、被告が借受証の意義を十分認識し、かつ、訴外会社から原告へ提出されることを予測しながら借受証に記名捺印し、訴外会社を通じて原告に提出し、また被告が第一回目の代金を支払ったことにより、原告がリース物件の引渡がなされたものと信頼し、昭和六一年七月四日訴外会社に対し、本件コンピュータの購入代金一四五一万円を支払ったのであるから、後にリース物件の引渡がないと主張することは、民法九三条、禁反言の法理並びに信義誠実の原則に照らし許されず、それを理由に契約を解除することは権利の濫用である。

4. 被告は、第一回目のリース料の支払をしたものの、昭和六一年一一月五日に支払うべき第二回目以降のリース料の支払をしない。

5. 原告は、被告に対し、本件訴状をもってリース料支払債務の期限の利益を喪失させる旨の意思表示をし、本件訴状は昭和六二年五月四日被告に到達した。

6. 仮に、リース物件の引渡がない場合に被告が契約関係から離脱することを認めるとしても、原告に債務不履行責任を問うことができない本件においては、被告の意思でリース期間終了前に契約を終了させるには期限の利益を放棄してリース料を一括支払するほかはなく、一括支払をしない場合には、被告の債務不履行による解除に準じ、被告は原告に対し、前記1の(八)の約定にしたがって残存リース料相当の損害賠償金の支払義務を負うべきである。

7. よって、原告は、被告に対し、主位的には本件リース契約に基づき、予備的には債務不履行に基づく損害賠償として、残存リース料金一七二〇万四四〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月五日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は否認する。

リース契約書に被告代表者が記名捺印したことは認めるが、被告代表者は、訴外会社の担当者勝田文孝(以下「勝田」という。)から、本件コンピュータを引き渡すために必要なので訴外会社に予め交付して欲しいこと、作成日付欄は、被告が本件コンピュータの引渡を受けた際に改めて被告に記入してもらい、その後に訴外会社から原告に提出すること、それによって原告との契約が成立する旨の説明を受けたので、作成日付欄は空欄のままで訴外会社に右リース契約書を交付したものである。したがって、被告は本件コンピュータの引渡を受け、作成日付欄の記入をした後に、原告との契約を成立させる意思であつたから、引渡も、作成日付欄の記入もない前には、本件リース契約は成立していない。

2. 同2の事実は否認する。

訴外会社は、昭和六一年八月二七日頃倒産し、本件コンピュータは納入不能となった。

3.(一) 同3(一)の事実のうち、被告が訴外会社に本件借受証を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同3(二)、(三)の主張は争う。

(三) 同3(四)の事実のうち、原告が訴外会社に対し、本件コンピュータの代金を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告が本件借受証を訴外会社に交付したのは、勝田から、借受証を発行しないと本件コンピュータ一式が入らない旨の説明を受け、かつ、現実に本件コンピュータの引渡をした段階で改めて被告に作成日付欄を記入してもらったうえで原告に提出する旨の説明を受けたので、これを信用したためである。借受証は、物件の引渡を受けたか否かを確認する一資料であってこれを信頼した原告が全面的に保護されるとするのは、借受証の交付が取引の現状の中でさほど厳密に行われているわけではないことに照らし、適切とはいえない。

また、本件リース契約は、いわゆるファイナンスリースであるが、単なる金銭消費貸借契約ではなく、法律上は賃貸借契約でもあるから、原告には契約上本件コンピュータの引渡義務があるのであって、借受証の交付によって本件コンピュータの引渡義務が完了したことにはならない。

4. 同4の事実のうち、被告が第一回目のリース料を支払ったことは否認し、その余の事実は認める。

5. 同6の主張は争う。

リース物件の引渡がないことを理由とする契約解除の場合には被告にはリース料の支払義務は発生しない。

三、被告の主張(原告の重過失)

1. 本件のように、ユーザーから直接借受証が交付されず、サプライヤーを介して交付される場合には、サプライヤーが自己の売買代金を早急に欲しいがために、物件納入前に借受証を予めユーザーから取得して、これをリース会社に提出することが有り得ることはリース業を営む者にとって容易に推測できるものであるが、原告はその点を見落としている。

2. 本件のように一〇〇〇万円を越えるリース代金の場合には、リース業者はユーザーに対しリース物件の引渡の確認をするのが業界の通例であるのに、原告は現場に赴くことはもちろん、電話での確認すらとっていない。

3. 本件借受証は、作成日付欄が空白のまま提出されているが、原告はその点に何の疑いも抱かず、また被告に確認を取っていない。

4. リース契約においては、通常サプライヤーへの代金支払は、借受証受領後、二〇日ないし一か月先であるが、本件の場合には、原告は、訴外会社から早急に代金が欲しいと言われ、借受証受領後わずか三日後に代金を支払っている。原告はこのような訴外会社の行動に当然疑念を抱くべきであったのに、その点を見落としている。

5. さらに、本件において、訴外会社が借受証を被告のもとに持参し、「搬入前に予め必要である」旨述べてこれを受領しているが、この場合、訴外会社は原告の代理人または履行補助者、使者としての立場で右行為をなしたものであるから、虚偽の説明をして借受証を受領し、さらに引渡をしないまま借受証を原告に交付した行為については、原告の方が本人としての責任を持つべきである。

6. 以上のような重過失のある原告は、被告の主張が民法九三条、禁反言の法理並びに信義則誠実の原則に照らし許されず、また、解除権の行使が権利の濫用であると主張することはできない。

四、被告の主張に対する認否

1. 被告の主張1の事実は否認する。

2. 同2の事実のうち、原告が現場確認や電話での確認をしていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

3. 同3の事実は認める。

同6の主張は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、まず、本件リース契約の成立について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1. 被告は、昭和六一年二月頃から訴外会社の営業部員であった勝田から在庫管理のためのコンピュータ導入の勧誘を受け、交渉を続けた結果、同年五月三一日訴外会社との間で本件コンピュータをリース契約によって導入する旨の契約を締結した。

2. 訴外会社経理部長重松(以下「重松」という。)は、本件リース契約を担当する会社として原告を選択し、同年六月一〇日過ぎ、リース物件、リース料金二九万一六〇〇円、リース期間六〇か月などの内容が記載され(但し、作成日付や機械番号は空白である。)、契約書については原告の記名捺印があるリース契約書及び借受証各二通を原告から受領した。

3. 勝田は、同月二四日頃、重松の指示で、同人から交付をされた前記リース契約書二通を持参して被告方を訪れ、被告の本件リース契約担当者であるファッション事業部室長但馬洋子(以下「但馬」という。)に対して同契約書を呈示したところ、但馬は、同契約書に被告代表取締役今泉弘人名義の記名捺印をし、勝田に交付したので勝田はこれを重松に提出した。勝田は、同月二六日頃、同様にして前記借受証二通に被告代表者の記名捺印を受け、これを重松に提出した。但馬は、前記各書類に記名捺印する際、同各書類の内容及び趣旨について十分理解し、同書類を訴外会社に交付すれば、そこから原告へ提出されるのではないかということを予測していた。

4. 重松は、同年七月一日前記契約書及び借受証のうち各一通を原告の営業部次長荒木弘に提出した。

右事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件リース契約書は、作成日付が未記入であることを除けばその他の記載事項に何ら不備はないものといわざるをえず、そうだとすると、原告は、訴外会社を通じて、被告に対して前記リース契約書を提示したことにより本件リース契約の申込の意思表示をし、被告は、その代表者の記名捺印をした契約書を訴外会社を通じて原告に提出したことにより契約を承諾する意思表示をしたものといえるから、原・被告間において、本件リース契約が成立したものというべきである。

この点について、被告は、勝田から本件リース契約書はリース契約をするために予め必要であるとの説明を受け、契約自体は後に本件コンピュータの引渡を受け、作成日付を補充した後に成立するとの意思を有していたのであり、記名捺印もそのつもりで行ったものであると主張する。

しかし、リース契約は諾成契約であって物件の引渡はその成立要件ではないから、物件の引渡により契約が成立するというためにはその旨の特約が必要であるところ、原告と被告との間にそのような特約があったと認めるに足りる証拠はなく、仮に、被告が本件コンピュータの引渡がないかぎり契約は成立しないと考えていたとしても、それは被告の一方的な内心の意思にすぎない。

前記認定のとおり、本件では但馬としても原告に提出されるかもしれないと予測しながら勝田に契約書を交付し、その結果、作成日付の点を除いてすべての記載事項が記入されている契約書が取り交わされているのであるから、契約は成立しているものというべきであり、被告の主張は採用できない。

二1. 請求原因2の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。かえって、〈証拠〉によれば、本件コンピュータが被告に対し引き渡されていないことが認められる。

2.(一) 請求原因3(一)の事実のうち、被告が訴外会社に対して本件借受証を提出したことは当事者間に争いがなく、証人荒木弘の証言によれば、昭和六一年七月一日訴外会社が原告に対して右借受証を提出したことが認められる。

(二) 原告は、ファイナンスリースにおいては、リース業者はユーザーに対してリース物件の使用収益を容認する義務を負うにすぎずユーザーに対してリース物件を引き渡す積極的義務を負うものではないと主張する。

確かに、本件リース契約はいわゆるファイナンスリース契約であって、その実質が被告に対する本件コンピュータ購入代金の融資であることは、前記認定の本件リース契約の内容及びその締結の経緯から明らかである。しかし、ファイナンスリース契約であっても単なる消費貸借契約ではなく、法律上は賃貸借契約たる側面があることを否定することはできないから、ファイナンスリースにおいては、リース業者はユーザーに対してリース物件を引き渡す義務を負わないということはできず、本件リース契約についても、原告に賃貸人としての引渡義務(使用収益させる義務)があるといわざるをえない。

もっとも、現実のリース契約においては、目的物の引渡はサプライヤーから直接ユーザーに対してなされるのが通常であるからリース業者の引渡義務は観念的なものとならざるを得ないが、リース物件を使用収益できることを前提にリース契約を締結したユーザーの利益を考えれば、ユーザーは引渡のないことを理由としてリース料の支払を拒絶しうるものというべきである。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(三) 次に、原告は、借受証の交付を受けたことで、原告の引渡義務の履行は完了していると主張する。

前記(二)記載のとおり、ファイナンスリースにおけるリース業者の引渡義務が観念的なものであることを考えれば、借受証の交付をもって引渡があったとみなすことも不可能とはいえないが、このような考えを前提とすると、借受証の交付がありさえすればリース業者が悪意であってもユーザーはリース料支払義務を免れることができないことになり、リース業者を過度に保護し、ユーザーの目的物の使用収益に対する現実の期待を著しく害する結果になるので、この考えを採用することはできない。したがって、借受証の交付を直ちに引渡と同視することはできず、この点に関する原告の主張も採用できない。

(四) さらに、原告は、被告が本件コンピュータの引渡を受けていない旨主張することは、民法九三条、禁反言の法理並びに信義誠実の原則に照らし許されないと主張する。

〈証拠〉によれば、昭和六一年七月一日重松が原告に対して本件リース契約書及び借受証を提出したこと、同月四日原告が、右借受証の提出によって被告が本件コンピュータの引渡を受けたものと誤信し、訴外会社に対してその購入代金一四五一万円を支払ったことが認められる。

右の事実及び前記一において認定した事実を総合して検討するに、借受証が形式的、事務的に発行されることがあることを考えれば、その交付が唯一絶対的な意味を持つものではないことは確かであるが、ファイナンスリースにおける借受証の持つ重要性は否定できないところ、但馬は、リース契約における借受証の重要性を十分認識しており、リース物件の引渡を受けない間は借受証を交付すべきでないにもかかわらず軽率にも本件借受証を勝田に交付したものであり、しかもその際、右借受証が原告に提出されるかもしれないと予測していたのであるから、それにより引渡がなされたものと誤信して代金を支払った原告には保護に値する合理的な理由があるといわねばならない。物件の引渡がなされたか否かを現場ないし電話で確認することが望ましいのはいうまでもないが、弁護士会作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七ないし第九号証の各一、第一一ないし第一三号証の各一によっても、そのような確認義務が業界の通例であるとまでは認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はないこと、物件の授受がサプライヤーとユーザーとの間で直接なされるファイナンスリースの性格を考えれば、リース業者が借受証の交付のみで引渡の有無を判断することは格別不合理であるとはいえず、本件借受証は作成日付が未記入であって不完全なものであるが、物件の引渡を受けた旨の明瞭な記載があり、被告会社の代表者の記名捺印があるのであるから、それによって原告が、本件コンピュータの引渡があったものと信頼することも不合理であるとはいえない。また、証人荒木弘の証言によれば、リース契約においては、通常サプライヤーへの代金支払は、借受証受領後、二〇日ないし一か月先であるが、本件の場合には、原告は、訴外会社から早急に代金が欲しいと言われて、借受証受領から三日後に代金を支払っていることが認められるが、右事実から本件コンピュータの引渡がされていないとの疑念を抱くべきであったということはできず、訴外会社が原告からリース契約締結について代理権を与えられていたと認めるに足りる証拠もない。

以上によれば、被告が自ら提出した借受証の記載に反し、本件コンピュータの引渡が履行不能であることを主張することは信義則に反し許されず、したがって、それを理由とする契約解除は無効であって、被告はリース料支払義務を免れることはできないというべきである。

三、被告が、昭和六一年一一月五日に支払うべき第二回目以降のリース料の支払をしないことは当事者間に争いがなく、原告が被告に対し、本件訴状をもってリース料支払債務の期限の利益を喪失させる旨の意思表示をし、本件訴状は昭和六二年五月四日被告に到達したことは、本件記録上明らかである。

四、右事実によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 一宮なほみ)

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